SSブログ

天野祐吉 [その他]

天野 祐吉(あまの ゆうきち)
コラムニスト
1933年4月27日~2013年10月20日

『朝日新聞』2013年10月23日(水)の「CM天気図――天野祐吉さんを悼む」より

「こぶしを振り上げたような表現は届かない。面白いことを言ってるな、と振り返らせないと」

キリスト教会の中の問題に対する見解とか、信徒に対して言いたいこととか、社会的な問題に関する発言とかについても言えるなあと思ったので、メモしておく。


「やさしい表現と話しかけるようなリズムで、音や声が聞こえてくるような文章を心がけた。読みやすいように視覚にもこだわった。単語はなるべく行をまたがないように、段落の最後は一字以上あけて窮屈にならないようにした。」

段落の最後は数文字以上あけて、段落の切れ目をはっきりさせることは、わたしも心がけているが、単語がなるべく行をまたがないようにということまでは、普通の文章では考えたことがない。1行が10数文字の中では離れ業に近いのではないだろうか。

天野祐吉のブログ「天野祐吉のあんころじい」


この記事と同じように、文化人の死去に際してその人の言葉を取り上げたわたしのブログに
「難しいことをやさしく」――井上ひさし逝去
がある。


ロマン・ロラン「先駆者たち」 [書籍紹介・リスト]

ロマン・ロラン全集18.jpg1.
ロマン・ロラン(Romain Rolland)『ロマン・ロラン全集18 エセーⅠ 政治論』、みすず書房、1982年、678+22頁。

1914年から1935年の間に新聞・雑誌などに掲載された社会的・政治的な発言集4冊の邦訳から成る。

宮本正清訳「戦いを超えて」(Au-dessus de la Mêlée, 1915)
山口三夫訳「先駆者たち」(Les Précurseurs, 1919)
新村猛、山口三夫訳「闘争の15年(1919-1934)」(Quinze ans de Combat, 1935)
蛯原徳夫訳「革命によって平和を」(Par la Révolution, la Paix, 1935)

山口三夫による「解説 ≪力≫に対する≪精神≫の闘い――ロマン・ロランの≪政治≫原理」


2.
さて、ロマン・ロランの言葉として有名な
「理想主義のない現実主義は無意味である。現実主義のない理想主義は無血液である。」
の出典はどれか。

この中の「先駆者たち」であることはよく知られている。しかし、「先駆者たち」も様々な発言集である。いったい、その中のどれであるのか。

それは、「先駆者たち」の14番目、「スイスの青年たち」という、1917年6月にジュネーヴの雑誌「ドゥマン」1917年7月号に掲載された文章の序論のDの冒頭に出てくる(邦訳p.170)。この「スイスの青年たち」は、ロマン・ロランの発言というよりも、スイスの青年たちの思想を報告するために、彼らが行った「諸列強の帝国主義とスイスの役割」という討論を要約したものである。


3.
「理想主義のない現実主義は無意味である。現実主義のない理想主義は無血液である。」という言葉は、スイスにとって脅威となっている帝国主義をどのような観点で考えるかについてまとめた文章の冒頭である。この後は次のように続く。

「真の理想主義は人生全体を欲し、その全体的な実現を欲する。それは、人間の良心と諸事実のなかに生きている現実のもっとも深い認識である。そしてこの認識がわれわれの良心の武器である。」



タグ:言葉のメモ

証し、殉教、神学生 [信仰]

神学校日関連で、考えたこと、聞いたことのメモ。


証し

他の人の証しを聞いて、「ずいぶん大変な経験をされたのね。知らなかった」と思って終わりでは意味がない。

他の人の証しは、神の恵みの具体的実例である。そこに人間の思いを越えた神の導きや偉大さを見出すのである。


殉教者

殉教者が命を賭して証しした信仰も、その人の信仰がすばらしかったとか、我々の理想だとかするだけでは意味がない。

殉教者の生き様を知って、それほどまでに信頼すべきキリストの真実に触れたい。そうしてこそ、「キリスト者の血」が「種」となるだろう。

(もっとも、テルトゥリアヌスは違う意味で "semen est sanguis Christianorum"「キリスト者の血は種である」(『護教論』、50:13)と言ったと思うが。)


すべての信仰者

殉教者が出るような時代でなくても、信仰者がここに集められているという事実が、神の選びの恵みの具体的実例である。


神学生

神学生が教会にいる意義は、教会員にとって、主の召しの具体的実例に日々触れることができるということである。

(この趣旨のことをある先輩牧師から伺った。)



神学校日はいつ始まった? [教会年間行事]

『信徒の友』2008年10月号の「神学校日」の記事『信徒の友』2008年10月号、p.68の中村公一「礼拝を彩る教会暦」第7回によると、

 1961年から毎年10月第2主日を神学校日として、そのために献金することを制定して実施している。
 また、従来1月第3主日に行われていた伝道献身者奨励日は、1963年から神学校日と同じ日に守るようになった。

 一方、1961年以前から東神大が10月第2主日を神学校のための献金の日としていたらしく、それが、教団全体として他の認可神学校も含めて覚えて献金しようということになったらしいという話もある。

 なお、『日本基督教団史資料集』には神学校日の制定のことは載っていない。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。