イーライ・パリサー『フィルターバブル』まとめ [ソーシャルメディア論]
イーライ・パリサー(井口耕二訳)、『閉じこもるインターネット――グーグル・パーソナライズ・民主主義』、早川書房、2012年2月。
原著はEli Pariser, "The Filter Bubble: What the Internet Is Hiding from You," 2011。
邦訳は後に改題して文庫化。『フィルターバブル――インターネットが隠していること』(ハヤカワ文庫NF459)、2016年3月。
自分のためのまとめ。内容的に重複もあるが、各章ごとに何が語られているか分かるように記した。
(ページは2012年発行の単行本のページ。「文庫解説」とある部分は、文庫版の佐々木俊尚による解説のページ。)
1.フィルターバブルの基本事項
(主に、「はじめに」と第1章)
- 我々は圧倒的な量の情報の奔流に直面している。流れてくる情報のすべてにきちんと注意を払うことが難しい「注意力の崩壊」という事態が発生している(「はじめに」p.21)。そこで、一人ひとりの興味や希望、必要性に沿ったコンテンツの提供が求められ、パーソナライゼーションに強い魅力が持たれている。(p.37)
- ここでのパーソナライゼーションとは、検索履歴、クリック履歴、購入履歴、移動履歴などによって、検索結果や公告、ニュースフィード、お勧めする情報などをアルゴリズムが自動的に一人ひとりに合わせて提示してくれること。
- パーソナライゼーションの時代は、グーグルがユーザーごとに検索結果のカスタマイズを開始した2009年12月4日に幕を開けた。(p.10-12)
- 我々に届く情報は一人ひとりに合わせてパーソナライズされている。それぞれの嗜好や興味関心との関連性の強さによって情報をふるい分けるフィルターを通過できた情報だけが我々に届く。このことを、一人ひとりがフィルターに包まれて泡のように浮かんでいるイメージから「フィルターバブル」と呼ぶ。(「訳者あとがき」p.298参照)
- ユーザーの興味関心を正確に把握できれば、それに合わせた広告が提示できる。ユーザーのためにパーソナライズしているのではなく、広告の効率向上のために個人の様々な履歴を集め、フィルターを改良し続けている(「訳者あとがき」p.299参照)。グーグルもフェイスブックも無償で使えるが、その裏で、個人情報という対価を払っている。我々は、パーソナライゼーションのサービスを受けるかわりに、自分自身に関する膨大なデータを大企業に渡している。(p.27)グーグルもフェイスブックもターゲティング広告を収益源とし(p.55)、他にも、表に出ない個人情報収集会社がさまざまな個人情報を集めて企業に売っている。一人ひとりの行動が商品になっているのである。(p.58-62)
- どのようにフィルタリングされているのかがユーザーから見えず、自分に届く情報がどれほど偏向しているのか分からないことは大きな問題である。(「訳者あとがき」)
2.フィルターバブルの問題
- ①どのようにパーソナライズされているのかが見えず、自分の言動に沿った情報ばかりに包まれて、気づかぬうちにフィルターバブルが強化され、物事の認知が歪められる。(p.19-20)
- ②世界や社会の認識が偏り、自分の位置も見失う。(2章、3章)
- ③未知のものとの出会いがなくなり、学ぶ意欲や好奇心が刺激されず、創造性が損なわれ、成長や革新のチャンスが失われる。(第3章、「訳者あとがき」p.299)
- ④職業や生き方の情報が限られた選択肢からしか選べなくなり、我々のアイデンティティが左右される。(第4章)
- ⑤フィルタリングを操作することでユーザーの購買行動を変えることができると、利益のためにそれが悪用されうる。さらに、それは世論操作にまで及ぶ恐れがある。(「訳者あとがき」p.299-300)
- ⑥社会的に重要な問題が視野に入らず(p.29)、自分と異なる考え方に触れる機会が減り、情報の共有や熟議がなされず、民主主義が機能しなくなる。(第5章)
本書の目的:フィルターバブルによって、何が重要なのか、何が真実なのか、何が現実なのかという認知がゆがめられてしまう。それゆえ、「何としてもフィルターバブルの姿を白日の下にさらす必要がある。これが本書の目的である。」(p.32)
3.パーソナライズされたニュースの問題
(第2章)
- ニュースは、何が重要なのか、直面する問題の大きさや特徴など、我々の世界に対する認識を形づくる。しかし、フィルターバブルが我々の世界認識をゆがめている。(p.67)(この問題は第5章へ)
- ジャーナリズムには倫理と公的責任が伴う(リップマン)。ジャーナリストはゲートキーパーの役割を果たすが、ジャーナリストに仲介されていないインターネットのニュースには、倫理や公的責任が伴っていない。(p.76)(この問題は第6章へ)
- ネットニュースでは人気のあるニュースのみが注目され、クリックされないニュースはたとえ重要であってもふるい落とされる。しかし、「皆の生活に間接的な影響を与える重要事項だが、自己の利益という身近な領域の外に存在するものこそが民主主義の基盤」(p.95)である。フィルターバブルによって民主主義の基盤が成り立たなくなっている。(この問題は第5章へ)
4.確証バイアスの増強と創造性の阻害
(第3章)
(1)確証バイアスの増強
- フィルターバブルは、我々の世界に対する認識をゆがめてしまう。拡大鏡のように狭い領域の知識を拡大してくれる側面もあるが、我々が接する範囲を制限し、我々の考え方や学び方に影響を与える面もある(p.103)。
- 「フィルターバブルに包まれると、既に知っていることを正しいとするコンテンツの割合が大幅に高くなる」(p.110)。「フィルターバブルは確証バイアス(見たいと思うことを見るようになること。p.107)を劇的に強めてしまう。」(p.109)ので、既に持っている枠組みへの自信が過剰になる(p.105)。
- フィルターバブルの中では、自分の位置を見失い、変化に富む世界を矮小化してみてしまう。(p.131)
- パーソナライゼーションが突き詰められると、自分が好む人、物、アイデアだけに囲まれた世界が生まれる(p.22-23)。居心地はいいだろうが、我々は自らの考えで自分を洗脳し、なじみのあるものばかりを欲しがるようになり、未知の領域があることを忘れてしまう(「はじめに」p.26)。
(2)学ぶ意欲や好奇心への弊害
- 「フィルターバブル内では、新たな洞察や学びに遭遇するチャンスが少ない。異なる分野や文化の発想がぶつかることから新しいものが生まれるというのに。」(「はじめに」p.26)
- フィルターバブルによって既知のアイデアに囲まれると、学びたいと思うきっかけになる情報が環境から取り除かれてしまう(p.105)。すると、好奇心が刺激されず、知らないことを知りたいという強い気持ちが生まれない。(p.112)
- 「パーソナライゼーションとは、既存の知識に近い未知だけで環境を構築すること」であって、予想外の出来事やつながりという驚きがなく、学びが触発されにくくなる。(p.112-113)
(3)創造性の妨げ
- パーソナライゼーションは創造性やイノベーションを妨げる(p.115-116)。
- ①我々が解法を探す範囲がフィルターバブルによって人工的に狭められる。
- ②フィルターバブル内は創造性を刺激しない環境になっている。
- ③情報収集が受動的になるため、発見に至るような探索につながらない。
- 創造性には、無作為で多様性のある情報環境や、偶然に発見するセレンディピティが必要である(p.118)。また、柔軟な考え方のためには、自分と異なる人やアイデアに触れるのが一番である(p.123)。しかし、フィルターバブルは、これらに適したつくりになっていない(p.124)。
- 最大の問題は、そもそも発見モードで過ごす時間が減ってしまうこと。(p.124)
5.自分ループとアイデンティティの問題
(第4章)
- パーソナライズドフィルターは、人のアイデンティティを把握し、その人に合わせたコンテンツやサービスを提供する。つまり、自分のアイデンティティが自分を取り巻くメディアを形成するが、それと同時に、自分の興味のある情報にばかり接するようになり(「自分ループ」(p.153))、自分を取り巻くメディアが自分のアイデンティティを形づくるようになる。(p.137-138)パーソナライゼーションにより、過去のクリックが今後目にするものを決める決定論のような状況に陥る(「はじめに」p.27-28)。
- フィルターバブルによって、閲覧履歴や公開情報をもとにアイデンティティが一つにまとめられてしまうが、週末は仕事から解放されたいなど我々の社会的なアイデンティティは一つではない。(p.139-146)
- フィルターバブルは、自分のアイデンティティの反映であるばかりか、職業や生き方も一部しか見せず、残りはブロックして、限られた選択肢の中からしか選べられなくし、我々のアイデンティティを左右する(p.137-138)。
6.民主主義が機能しなくなる
(第5章)
- インターネットは、地域や国境を越えて対話できると期待されたが、パーソナライゼーションによって人々は個々に狭いフィルターバブルの中に置かれ、ネットは対話よりも敵対する場となってしまった。(p.199-200)
- ターゲティング広告の手法が選挙に応用されると、個人をターゲットとしたメッセージが増え、公開の論争が減り、事実関係のチェックが困難になる。(p.185-190)
- 民主主義が機能するためには異なる意見との対話が可能なことが必要だが、フィルターバブルの中では自分とは異なる暮らし、ニーズ、希望などに触れる機会がなくなり、他者の視点から物事を見ることができず、民主主義が機能しなくなる。(p.198-199)
- また、事実が共有されなければ民主主義は成立しないのに、一人ひとりがフィルターバブルに包まれて、社会的に重要な問題が視界に入ってこなくなる。(p.182、p.14)
- SNSで同じような志向の人たちばかりと繋がると、異論を目にする機会が少なくなり、世論の形成が難しくなる。(文庫解説p.336-338)
7.エンジニアや起業家の資質や倫理について
(第6章)
- サイバースペースの設計に携わっているプログラマーやエンジニアは、人が十分な情報をもって活動できるように、また、インターネットの市民空間がよりよくなるように倫理的でなければならない。
- 「果敢な積極性や若干の尊大さ、帝国建設に対する興味」などは「一流のスタートアップに必要な資質」だが、その資質は「世界を統治するようになると問題となる場合がある。」「世界的なスターダムへ一気に駆け上がったポップスターが、必ずしもそれに伴う大きな責任を負う準備ができているとも限らないし、その意志があるともかぎらないように。」(p.222)
8.環境のパーソナライゼーション
(第7章)
- 拡張現実(AR)の技術によれば、好みの商品の広告が近くのビルの壁に投影されるなど、現実世界における空間がパーソナライズされる。(p.235-237,254-258)
- 人のすべての行動を監視可能な顔認証の技術(p.240-242)だけでなく、物も追跡しやすくなる(p.242)。(自動車部品の一つ一つにチップを取り付ければ、該当モデルの全車をリコールする必要はなくなる。P.243-244)
- パーソナライゼーションは、「利便性と引き換えにプライバシーと自律性の一部をマシンに渡すことになる」取引である。個人のデータ収集は、我々のためが第一なのではなく、大企業がより効率的に利益を上げるためである。(p.262-264)
9.我々ができる対策、企業・政府がなすべき対策
(第8章)
パーソナライゼーションは、基本的にユーザーから見えないところで行われており、どのようにパーソナライズされているのか分からず、我々がコントロールできないことが大きな問題である。(p.267)それに対して、
(1)まず我々が行動を変える。
- ①「いつもと違う道を通ると新しい発見があるように、オンラインでも歩く道を変えてみると新しいアイデアや人と出会うチャンスが大きくなる。」(p.273)
- ②新しい方面に興味関心を示せば、パーソナライズの範囲も広がる。(p.274)
- ③クッキーを定期的に削除する(p.274)。
- ④ツイッターとフェイスブックとでは、ユーザーからのコントロールが分かりやすいツイッターを使う。(p.275-278)
(2)企業が社会的責任を認識して、
- ①フィルタリングの仕組みを透明にする。
- ②興味関心があまり持たれないが重要なニュースが届くように、編集者がリードする旧来の方式とパーソナライゼーションとを組み合わせる。(p.286)
- ③パーソナライゼーションに不規則性を組み込む。(p.287)
(3)政府
政府は、利潤追求を目的とする企業にすべてを任せず、我々が確実に自分の個人情報をコントロールできるように対応する(p.289)。
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2022-03-02 18:00