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並木浩一『「ヨブ記」論集成』 [書籍紹介・リスト]


並木浩一、『「ヨブ記」論集成』、教文館、2003年、373頁、3000円+税。

これに収録されている七つの論文・講演録についてのメモ。

「岩波訳」で「ヨブ記」を担当した並木浩一がその準備作業として発表した一連の論文をまとめた『「ヨブ記」論集成』は、現代の「ヨブ記」研究の最前線を示している。

山我哲雄「旧約聖書研究史・文献紹介」、『旧約聖書を学ぶ人のために』世界思想社、2012年、p.333。

序――ヨブ記の射程はわれわれに及ぶ

「ヨブ記は独立したイデーたちがぶつかり合い、対話し、対立し、葛藤の中に置かれ、影響を与え合う「多声的」世界として構築されている。」

p.13

19:26新共同訳「身をもって」(口語訳「肉を離れて」)は、応報思想に立つ友人たちへの批判として直前に語った22節口語訳「肉をもって」の相互テクストとして見るならば、「ヨブはここでは敢えて「肉」へのこだわりを破棄」して、「肉を離れて神を見るであろう」と言い切っているのである。(p.14)

1.ヨブ記における否定

原形は日本聖書学研究所編『聖書における否定の問題』(聖書学論集4)(山本書店、1967年)所収。加筆訂正して、並木浩一『古代イスラエルとその周辺』(新地書房、1979年)所収。これをさらに全面的に改稿したもの。

そういった経緯が「追記」として記されている。

題名を付け替えるとすれば、「ヨブ記における二つの思考軸」がよいかと思うとのこと(p.57)。

「本論文の着眼点の一つは、ヨブ記における救済史の重視である」(p.59)。

2.文学としてのヨブ記

並木浩一『旧約聖書における文化と人間』(聖書の研究シリーズ55)(教文館、1999年)所収。

<付論>として「24章―28章の読み方」。

『「ヨブ記」論集成』に収録に当たっての「追記」あり。

ヨブと登場人物(神を含む)との対話は、終始かみ合わない。ヨブ記はドラマではない。むしろ、異なる思想を対位法的に展開する思想劇である(p.66)。

ヨブ記のメタファーとメトニミーについて。

「ヨブの言葉は一つ一つが思想行為であり、彼の決意表明であった。」

p.92

「人は物語なしでは生きられない。」

p.95

「ヨブ記は人間の自由のための書物である。」

p.96

28章について、

「学説史的には、私見はこの章(29節を除く)〔春原注:これは28節の間違いだろう〕に友人批判の機能を認めるヴェスターマンの考え方の変形である。わたしは相互テクスト的にこの章が自己批判の役割をも持つと考える。」

p.110

3.神義論とヨブ記

関根清三、鈴木佳秀、並木浩一、『旧約聖書と現代』(教文館、2000年)所収。

神義論とは何か(ライプニッツ、カント、古代オリエント、ギリシア世界、古代教会、宗教改革者、バルト)、関根正雄の神義論、神義論としてのヨブ記。

『「ヨブ記」論集成』に収録に当たっての「追記」あり。

4.ヨブ記における相互テクスト性――二章4節および四二章6節の理解を目指して

大野惠正、大島力、大住雄一、小友聡編、『果てしなき探求 旧約聖書の深みへ 左近淑記念論文集』(教文館、2002年)所収。

枠物語と詩文部分の関係、ジュリア・クリステヴァの相互テクスト性、2:4前半のサタンの「皮には皮を」、42:6の訳し方。

「追記」はない。

5.神から叱責されて賞賛されたヨブの正しさについて

小友聡他編、『テレビンの木陰で 旧約聖書の研究と実践 大串元亮教授記念献呈論文集』(教文館、2002年)所収。

ヨブは正しく語ったのか、新共同訳「正しく」の原文「ネコーナー」について、38:2「経綸」(エーツァー)と40:8「わが権利」(ミシュパーティー)、神のミシュパートと人のミシュパート。

「追記」はない。

「第五論文では、神は人間の生活空間には属していない異次元の世界に生きる野生動物の自由を語ることで、人間の解放についての使信を送っているとの理解がなされている。ヨブ記におけるユーモアの働きが重視されなければならない。ユーモアは異質な次元の事柄を包摂し、それぞれを生かす自由な空間を提供する高度な精神の働きである。ヨブ記にはこの精神が全面的に浸透している。」

p.59

6.ヨブ記とユダヤ民族の精神

日本聖書学研究所編『聖書学論集』35、2003年所収を大幅に改訂増補。

20世紀におけるユダヤ民族の象徴としてのヨブ、『ヨブの遺訓』でのヨブ記、ラビ伝承、サラディアのヨブ論、マイモニデスのヨブ論、トマス・アクィナスのヨブ論、盛期中世のヨブ論の特色として、摂理への注目、ヨブの異邦人性の消滅、エリフの価値の上昇の三つを指摘。

「追記」はない。

「今日のヨブ記理解に意味を持つ神学的姿勢は二つの聖書〔旧約と新約〕の内容的な直結を排して、ヨブ記特有の神理解を尊重し、その上で神に差し向かう人間の姿勢において新約聖書的な神理解のあり方を準備するものを見出すような間接的な結び付け方である。・・・カール・バルトが『教会教義学』の「和解論」第三部において展開したヨブ論は、神の自由なる恵みと行動に対する「真の証人」としての側面からヨブの苦悩・発言・神への信頼を見直したものであり、貴重な神学的貢献である。

p.240-241

7.マルガレーテ・ズースマンとヨブ記

書き下ろし。

ドイツのユダヤ人女性思想家・批評家・詩人、マルガレーテ・ズースマンの紹介とヨブ記論。

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