左近淑『詩編を読む』 [読書メモ]
左近淑『詩編を読む』(旧約聖書3)(筑摩書房、1990年)の紹介とメモ。
詩編の類型について知る入門としてとてもよい。もっとはやくこれを読んでいればよかった。
目 次
※まえがきもあとがきもない。
- 序 説 詩編をどう読み解くか
- 第一章 嘆きの詩編
- 第二章 感謝 報告的ほめ歌
- 第三章 賛美 描写的ほめ歌
- 第四章 典礼歌 王の歌とシオンの歌
- 第五章 知恵の詩編とトーラー詩編
「序説」
「序説 詩編をどう読み解くか」は、マソラと七十人訳の番号の異同、五巻の分類、表題、小歌集の存在と編集、詩的技巧などを取り上げた、詩編全体についての概説。
詩編の分類について
- 「深い淵の底」という極と主なる神というもう一方の極との間に置かれて、そこから生まれる祈りを綴ったのが詩編だ。
- 人間の宗教的生の基本的な在り方に即応して、「懇願」から「ほめたたえ」への動的な動きがある。
- 人間の懇願に発する詩は「嘆きの歌」と呼ばれ、その懇願が聞き届けられたなら、「ほめたたえ」という宗教的生の基本的な在り方の他方の極へと移行する。
- 「ほめたたえ」には、「主は・・・してくださった」という感謝の報告と、「主は・・・(のような)かたである」という賛美を綴った描写とがある。
第1章「嘆きの詩編」
(1)分 類
- 嘆きの詩編は、個人の嘆きと集団の嘆きとに分けられるが、その区別は明確ではなく、ほとんど多くの場合に相互流動的である。
- 集団の嘆き 12、(14≒53)、25、44,(52)、58、60,74,79,80,83,85,89,90,94,123,126,129,137。
- 個人の嘆き 3、4,5,6,7,9-10,(12)、13、(14)、17、22,25,26,27:7-14、28、31,35,36,38,39,41,42-43,51、(52)、(53)、54、55,56,57,59,61,63,64,69,70,71,77,86,88,102,109、120,130,139,140,141,142,143。
- これらのうち、病の中での嘆き:6、13,28,35,38,39,41,88。(p.55)
- 伝統的に悔い改めの詩編と言われているもの:6、32、38、51、102、130、143。これらのうち罪と赦しに集中しているのは51と130。(p.55、86)
(2)基本構造
- 1(イ)神への呼びかけと導入の訴え
- 1(ロ)過去の救いの御業の回顧
- 2.嘆き
- 3.信頼の告白
- 4.訴え
- 5.神の同情・行動を促す動機づけ
- 6.祈りが聞かれたとの確信とほめたたえ(の誓い)
(3)敵を呪う意味
なぜ詩編では、激しい言葉で敵を呪い、自己の潔白を主張するのか。
それは、旧約の人々が、正義が踏みにじられ、正しい者が不利益を被り、社会的弱者が抑圧を受けているといった、現実の世界の矛盾の中に生きているからであり、義が確立されて正しい支配が成り立つことを激しく渇望しているからである。詩編ではしばしば敵への報復が訴えられるが、ヘブライ語の報復とは、崩れているバランスが正されて、正しい統治が回復することである。
(現実の支配者が神の意志に反しているとき、預言者は、この世が真の支配者によって統治されていることを宣言する。)
神は、御自身が義なる方であることを明らかにされる。神によって世に正義が貫徹される。そのためになされた神の御業が、キリストによる人間の救いである。キリストにおいて義が達成されている。
(4)信頼の詩編
- 信頼の詩編(嘆きに由来する) (4)、11、16,23,27:1-6、62、63,91,121,125,131。
- 信頼とは、「暗黒の中を行く疫病」や「真昼に襲う病魔」(詩編91:6)の中でも勇敢に堂々となされる生き方。
第2章「感謝 報告的ほめ歌」
(1)分 類
- 感謝の歌は個人の感謝の歌と集団の感謝の歌に分類される。
- 個人の感謝の歌 18, (21), 22:22ロ~32, 30, 32, 34, 40:1~12, 66:13~20, 103, 116, 118, 138. (このうち、戦いと勝利:18, 20, 118。病気:30, 116 人生の悩み:34, 40:1~12, 138, 22:22ロ~32, 32 救済史に関わるもの:66:13~20)
- 集団の感謝の歌 65, 67, 68, 75, 107, 124, 129, 136. (このうち、勝利の歌:68, 124, 129)
- 個人の感謝の歌も、人々が集まっている礼拝の中などを想定していることが多いので、個人の感謝の歌と集団の感謝の歌とを厳密に分類することは難しい。
(2)特 徴
- 神がわたし(たち)を救ってくださったという報告的一文が、感謝を込めて告白される。
- 歎きの歌と構造上、対応・対照関係がある。
- 神の救いの御業に対して、「ほめたたえの誓い」がなされる。「満願の献げ物を主にささげよう」(詩編116)、「主の御業を語り伝えよう」(詩118)、「とこしえにあなたに感謝をささげます」(30:13)
- 歎きの歌における現在の苦しみの歎きとそこからの神への救いの訴えと対照的に、感謝の歌においては、過去の苦しみの回顧とそれからの解放の報告がある。
- 特に個人の感謝の歌の大きな特色として、死の力からの解放を報告する詩編がある。死の支配に対して神が立ち上がり、迫り、屈服させ、撃ち、助け出される。
第3章「賛美 描写的ほめ歌」
(1)特 徴
- 「ほめたたえ」で始まる。
- (あなたがたは)~せよ(喜び踊れ、喜びの声を上げよなど)という二人称複数命令形の場合と、「わたしは~します」(感謝をささげます、御名をほめ歌うなど)という一人称単数未完了形の場合(104、146など)とがある。二人称複数命令形の場合が圧倒的に多い。
- 「ほめたたえ」で始まる導入部の後、賛美の理由を叙述する部分があり、神のほめたたえへの新たな勧めで結ばれる(145編など)。
- 賛美の理由としては、創造主の御業やその偉大さをたたえるもの(いと高き神をたたえる)と、歴史の主あるいは救済の神のイスラエルに対する慈しみやまことをたたえるもの(低きに降りたもう神をたたえる)とがある。
- 旧約聖書では、いと高き神が歴史の中に降ってくださったというダイナミックな神の業に対して、民の側もさまざまな楽器を用いたり、踊りや手を打ち鳴らすなどによって集団で喜びを表現して賛美がなされる。
(2)分 類
- 導入と結びで同じ語句が繰り返されて囲い込み構造になっているもの:8、104、113、135、146~150。
- 96、98、100などは特別な構造になっている。
- 祝福や祈願で終わるもの:29、33、(95)、105、(111)、134。
(3)自然と救済の御業をたたえる
- 「賛歌の究極の主題は、高きにいます偉大な神と、低きにくだる慈しみの神の結合にある。」(p.164)
- 自然における神の御業をたたえる詩:8、19:2-7、29、104。
- 自然における創造の御業と歴史における救済の御業を結合した詩:33、66:1-12、89:6-19、95、96、100、135、145、146、147、148など。
- 歴史における救済の御業をたたえる詩:105、111、114、117、135、149など。114編において、自然は、救いの出来事の前に屈服している。
- 「歴史の詩編」:78、105、106、114、135、136など。
- ヤハウェの即位式の詩編(終末論的詩編) 47、93、(95)、96、97、98、99。「主こそ王」「偉大なる主」「王なる主」などの言葉で、世界と諸国民、さらに自然まで含めて、被造世界全体を統治されている王なる主をたたえている。(これらのうち、47、97、99はイスラエルの民と聖なる山シオンの関係に言及している。)
第4章「典礼歌 王の歌とシオンの歌」
- 典礼歌は、人称の交替や託宣の引用、問答形式などによって、明らかに礼拝における劇的展開や役割の変化が想定できる詩編。
- 15(聖所入場)、24(聖所入場)、50(契約更新)、78(ダビデ契約)、81(契約更新)、89(ダビデ契約)、132(神の箱搬入を伴う儀礼)。
- 「王の詩編」:2(王の即位式)、18,20,21,45(王の婚礼),72,101,110(王の即位式),144。
- 「シオンの歌」: 46、48,76,84,87,122。
- 「巡礼歌」(「都に上る歌」という表題が付いている):120~134。
第5章「知恵の詩編とトーラー詩編」
- 知恵の詩編 1、37,49,73,112,127,128,133。 (ただし、本文中で知恵の詩編として例示されているのは、37、39,49,73,127。)
- トーラー詩編 1、19:8-15,119。
Notes
構造の詳しい解説
- 23編の構造の解説が、p.96~103にある。
- 42~43編の構造の解説が、p.116~122にある。
- 33編の構造の解説が、p.146~148にある。
- 29編の構造の解説が、p.152~157にある。(29:1-2と96:7-9aの類似と比較、「七つの雷の賛歌」、「洪水」(マッブール)の語は創世6-9章とこの詩のみ。)
- 100編の構造の解説が、p.158~159にある。
- 135編の構造の解説が、p.162~163にある。
- 113編の構造の解説が、p.164~168にある。
- 96編の構造の解説が、p.170~175にある。(「新しい歌」とは最後の歌であり、人生と歴史の最後に、最も新しい完成があるという希望の歌である。)
- 24編の構造の解説が、p.179~182にある。
- 132編の構造の解説が、p.184~188にある。
その他
- p.86の「詩編五十一は夏目漱石の『こころ』に引用されて有名になりました」とあるのは、『三四郎』の間違い。なお、漱石はこれを聖公会祈祷書から採ったとみられる(『文語訳新約聖書 詩篇付』岩波文庫の鈴木範久による解説。また、鈴木範久『聖書を読んだ30人――夏目漱石から山本五十六まで』日本聖書協会、2017年)。
- 「裁く」という言葉は「治める」という意味を持ち、主による統治がなされている裁きは、本質的に喜びである(詩編97:8)。(p.174)
「詩篇を愛された先生はいずれ包括的な詩篇注解を書くつもりであられたが、それがかなわなくなった今となってみれば、この小さな書物『詩篇を読む』は掛替えのない宝石となった。」
大野惠正「左近淑先生の生涯と著作」、『本のひろば』第389号、1990年12月、p.1-2。
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