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「クレタ人はいつも嘘つき」 [聖書と釈義]

「新約でのギリシア文学の引用(1)」「新約でのギリシア文学の引用(2)」「新約でのギリシア文学の引用(3)」「新約でのギリシア文学の引用(4)」の続き。

テトス1:12に出てくる「クレタ人はいつもうそつき」について。

すでに、「新約でのギリシア文学の引用(2)」で、「ネストレ26版、27版のLoci Citati vel Allegatiにはあったが、ネストレ28版では記載がなくなった。」とか書いたが、もう少しいろいろ。


1.すでによく知られていた言葉

おそらく、テトス書が執筆された当時、すでに広く知られていた言葉。

古代においては、クレテ人に対してギリシア人が悪口を言うのは一種の慣例であった。
土屋博『牧会書簡』、日本基督教団出版局、1990年、p.142-3。


(1)カリマコス
紀元前3世紀のカリマコス(英:Callimachus)が作った賛歌のうちの"εἰς Δία"(『ゼウス賛歌』Hymn to Zeusとして知られている)の中に出てくる。

Perseus Digital LibraryのCallimachus, "Hymn to Zeus"の本文9行目。

Loeb Classical LibraryのCallimachus, Hymns 1. To Zeusは、ギリシア語と英訳対照(何回かアクセスしているとsubscribeしろと言われ、一部分しか見られなくなる)。

『世界名詩集大成1 古代・中世』平凡社, 1960に抄訳がある?

(2)タティアノス
タティアノス(羅:Tatianus)の"Oratio ad Graecos," 27.6

Internet ArchiveのOratio ad Graecos by Tatian, (Corpus Apologetarum Christianorum Saeculi Secundi, Vol.6, 1851) (当該箇所のあるページ)

(タティアノス「ギリシャ人に対する講話」(抄訳)『原典古代キリスト教思想史(1)初期キリスト教思想家』(教文館、1999)にこの部分が入っているかどうかは不明。)

(3)オリゲネス
オリゲネス(英:Origen)の『ケルソス駁論』(羅:Contra Celsum), 3.43

(出村みや子訳、『キリスト教教父著作集』第8,9巻(オリゲネス3,4)(教文館、1987、1997)に入っているか未確認)


(4)そのほか、Athenagoras, Suppl. 30など。


これらの情報は、例えば、I. Howard Marshall, "A Critical and Exegetical Commentary on The Pastoral Epistles," ICC, T&T Clark, 1999, p.199-201.


2.エピメニデスの作か?
(1)カリマコスがエピメニデスを引用?
『旧約新約聖書大事典』(教文館、1989)のp.425「クレタ」の項には「エピメニデスの作としてカリマコスが引用している」と記されている。しかし、カリマコスの『讃歌』を見ると、そういうことではないようである。カリマコスはエピメニデスの言葉だと知っていて使ったかもしれないが、むしろ、当時よく知られていた言葉として引用した感じである。「エピメニデスが言ったごとく」などと、詩文の中でわざわざ言うことはしていない。

(2)アレクサンドリアのクレメンス
クレメンスは、『ストロマテイス』の第1巻14章(1.59.2)の中で、エピメニデスについて使徒パウロがテトス1:12で言及していると言っている。
英訳:
http://www.newadvent.org/fathers/02101.htm
or
英訳
http://www.earlychristianwritings.com/text/clement-stromata-book1.html

邦訳
秋山学、「アレクサンドリアのクレメンス『ストロマテイス』(『綴織』)第1巻─全訳」、筑波大学大学院人文社会系文芸・言語専攻紀要『文藝言語研究 言語篇』、vol.63(2013年3月)(pdf)。

(3)ヒエロニムス
ヒエロニムスのテトス書注解(Commentariorum in Epistolam ad Titum)でもエピメニデスに帰しているらしい。

ヒエロニムスのテトス書注解は、PL, 26.572f.とのこと。
http://www.documentacatholicaomnia.eu/02m/0347-0420,_Hieronymus,_Commentariorum_In_Epistolam_Beati_Pauli_Ad_Titum_Liber_Unus,_MLT.pdf
の572ページの途中からの707(PLが採用したVallarsiの版のページ数)の中らしい。ただでさえわからないラテン語なのに、文字がかすれてて余計わからない。

英訳があるようだ。Thomas P. Scheck, "St. Jerome's Commentaries on Galatians, Titus, and Philemon," University of Notre Dame Press, 2010.

(4)J.R. Harris
James Rendel Harris(1852-1941)は、9世紀のIsho'dadによるシリア語の使徒行伝注解を発見し、Expositor誌に発表した。

James Rendel Harris, "The Cretans Always Liars,"The Expositor," Series7, Vol.2, No.4, Oct. 1906, pp.305-317.

James Rendel Harris, "A Further Note on the Cretans,"The Expositor," Series7, Vol.3, No.4, Apr. 1907, pp.332-337.

James Rendel Harris, "St. Paul and Epimenides,"The Expositor," Series8, Vol.4, No.4, Oct. 1912, pp.348-353.

いちいち読んでいられないが、Isho'dadによる使徒行伝注解の中で、エピメニデスによるとされる4行の詩文の2行目に、「クレタ人はいつもうそつき、悪い獣、怠惰な大食漢だ。」という言葉あるとされている。この詩文の4行目は「あなた〔ゼウス〕の中に、我らは生き、動き、存在する」となっている。これは使徒17:28に引用されている言葉。

しかし、I. H. Marshallによると、どうも怪しい(Isho'dad's accuracy has been questioned)ということであり、近年の多くの注解者も疑問を呈しているようだ。

まあ、一つの詩でもって、使徒17:28とテトス1:12という二つの出所不明箇所が解決するとは、なんともうますぎる話だったということか。


結 論

・ 前3世紀のカリマコスの作品の中に「クレタ人はいつも嘘つき」という言葉が出て来ることは確からしい。

・ それ以前では、アレクサンドリアのクレメンスらがエピメニデスとしているものの、エピメニデスが記したかどうかは確証がない。
(言語学的には、ギリシア語がアッティカ方言であってクレタのギリシア語になっていないから、エピメニデスではありえないという専門的な理由もあるようだ。)

・ そもそも、エピメニデスという人物が伝説的というか神話的な面がある。迷子の羊を探しに行って、洞穴で一休みしして昼寝をして、起きたら57年後だったとか。

・ そういうわけで、ネストレは28版から、この箇所の出所について何も記さなくなったのだろう(か?)。

・ 牧会書簡の緻密な注解書は、日本語ではまともなものはなく、I.H.MarshallによるICCがよい。

・ wikipediaは、日本語版も英語版もあてにしてはならない。



「新約でのギリシア文学の引用」
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