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欽定英訳聖書初版 マタイ福音書 [書籍紹介・リスト]

『徹底解明 欽定英訳聖書初版 マタイ福音書』B5版苅部恒徳、笹川壽昭、小山良一、田中芳晴、『徹底解明 欽定英訳聖書初版 マタイ福音書――解説・原文・註解・文法』、研究社、2002、25+259頁、3780円。

 市の図書館で見つけた。

 著者たちは新潟大学の英文学関連の研究者たちで、クリスチャンでも聖書学者でもないが、「キリスト教と聖書に強い興味と関心を抱く者」であるとのこと。

 聖書とマタイ福音書について、そして英訳聖書の歴史を専門的に紹介する前置きという感じの「解説」、欽定訳をREBと対照させた「本文」、「註解」、そして欽定訳マタイ福音書における「文法」の4部から成る。


「解 説」
 巻頭では、英訳聖書の歴史について11ページに渡ってまとめている。英訳で最初に完訳された聖書であるWycliffite Bibleより前の、古英語期(700-1100)のインターリニアーや詩編の韻文訳の状況などから詳しく記されている。

 ちなみに、ウイクリフ・バイブルについては、Wycliffe自身が直接関わったわけではなく彼の同僚・友人・弟子たちが彼の指導の元に翻訳したので、"Wycliffe Bible"ではなく、"Wycliffite Bible"(「ウイクリフ派の」聖書)という表記が用いられている。

 途中で、ウイクリフのLater Version(c1395)、ティンダル(1534)、カバーデイル(1535)、AV(1611)の4つの聖書から、マタイの主の祈りの部分を併記して比較している。

 取り上げられているのは、1989年のREBまで。REBの翻訳方針について、男性中心の語法を出来るだけ避けたと言っているのに、翻訳委員会委員長の肩書きをChairmanとしているのは「苦笑を禁じえない」と記している。


「本 文」
 本文は、AV(Authorized Versionとはどちらかというとイギリスでの言い方で、アメリカではKing James Versionということが多い)の1611年初版からマタイだけを原綴りのまま取り出し、比較のために最も新しい英語で書かれた版としてREB(1989)と対照させている。

 AV(=KJV)の現行流布版は現代英語にnormalizeされているが、この本では、1611年の初期近代英語そのままの形で提供している。しかも、AV(=KJV)の初版である。

 ただし、Facsimile版では小文字のsは語末を除いてlong s になっているが、活字の都合上か区別していない。

 そのテキストは、寺澤芳雄監修で南雲堂から1982年に出されたFacsimile版と、Alfred W. Pollardによってもとの活字(black letter)をroman letterに置き換られたもの(Oxford U. P., 1911. 後に縮刷版でOxford U. P. & 研究社, 1985)に基づいている。


「註 解」
 註解は、基本的には、英語の文法や語法、綴りや発音、原題と異なる意味を記している。時にはギリシア語原文にまで立ち返って検討している。

 が、そればかりでなく、例えば1章のイエス・キリストの系図では、ヨセフの系図と処女マリアから生まれたことの矛盾について北森嘉蔵の説明を紹介し、「この北森の説明には説得力がある」と記している。

 英文学や絵画・彫刻などにも触れ、ダビデについて「フィレンツェにミケランジェロ作のダビデ像の彫刻がある」(1:1)とか、「ナザレには天使ガブリエルの受胎告知を記念した「聖ガブリエル教会」がある」(1:18)とか、"the poer, and the glory"は、「Graham Greene の小説The Power and the Glory(1940)の題名になっている」(6:13)とか、「裏切り者ユダの心理と行動は文学的・演劇的興味を抱かせる。太宰治の短篇「駆け込み訴え」やロック・オペラJesus Christ Superstar など参照」(17:3)とか。


「文 法」
 そして何と、KJV初版のマタイにおける文法が詳述されている。綴字法、発音、句読法に始まり、各品詞、構文など。


 KJVに限らず、昔の英語ということでよく知られているところで、

   現代で語頭の大文字の J は、AVではI になる。
   現代では語頭の u が、AVでは v になる。
   現代では v とするとことが、AVでは語頭以外ではu になる。
   現代の y がAVでは i になっていたり、現代の i がAVでは y になっていたり。
とか、
   三人称単数中性の it の所有格は、its ではなく his。
とかが詳しく書かれている。その他事細かに詳述されている。

 特に、なんと、15世紀以来発音しない final-e は、付いたり付かなかったりいろいろ。んで、どういうときに付くかというと、なんとなんと、1行の末尾が1字分余ると、その行に出て来る単語のどれかの末尾に e が付くのだっ! これは、植字工が行末の体裁を整えるために「勝手に」いや、プロの業として?したことなのである。


 その他、

 AV初版マタイ26:34の"this might" は、 "this night" の誤植。
 AV初版マタイ27:37で "writtten" と t が3個になっている。

などなど。意外とおもしろい。


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